読書メモ:『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』

久々の大江健三郎。「雨の木(レイン・ツリー)」にちなんだ連作短編で、「雨の木(レイン・ツリー)」というのは、大江と思わしき主人公がハワイで開催されたセミナー会場で見た木のこと。しかし木を見たのは夜でその全貌はわからず、実態以上にイメージとして「雨の木(レイン・ツリー)」が機能する。

印象的だったのは「「雨の木(レイン・ツリー)」の首吊り男」。メキシコ・シティーにいる主人公に妻から国際電話がかかり、障害を持つ息子の不調が告げられる。主人公はすぐに帰ることができず、部屋でうなだれて連日マンゴーだけを食べるんだけど、困難に見舞われた状況とマンゴーの匂いに充満した部屋でうなだれる男の組み合わせに妙な説得感があり、悲しいような笑うしかないような、なんとも言えない気持ちにさせる。国際電話中に無意味に鯨のことを考えたり、大変な時に限って余計なことをしたり考えたりするのが大江らしくて好きだな。

僕は永く鯨の生態に関心をよせてきたが、太平洋に沈めてある国際電話のケーブルには、ところどころ大きなタルミがあって、そこに幾頭ものシロナガスクジラがからまって溺死しているという。僕はこの陰々滅々たる国際電話の間、非科学的な話ではあるが、その溺死しようとする鯨が、ボォーン、ボォーン、ウィップ、ウィップ、ウィップという啼き声が、たるんだ電話線にじかにつたわって響いてくるようにも感じていた……
p.139

「さかさまに立つ「雨の木(レイン・ツリー)」」ではカルメ焼きというお菓子が出てきて、これは今やってる朝ドラ『らんまん』で出てきた「かるやき」のことのようだ。食べたことも聞いたこともなかったお菓子が同時期に2つの作品に出てきてシンクロニシティを感じた。

あと、最後の「泳ぐ男 -水のなかの「雨の木(レイン・ツリー)」」はどぎつい性描写が多めで、これもまた大江らしい。性犯罪者を自分の代わりに罪を背負った存在として夢想したり。

あと細かいとこだと「実際的」「とも思う……」「〜というふうなのだ」とか独特な表現が好き。